昭和60年7月6日・7日
仕事の関係で四日市に1ヶ月間滞在することになりました。せっかくの機会でしたので4週連続、休みの度に名古屋近郊の鉄道に乗りまわりました
第1週目、たまたま学校時代の鉄研OB会がありこれに参加しました。行く先は明知線・名鉄でした。
まず、四日市から名古屋に向かいました。当時、関西線は既に電化されていたものの本数は少なく、近鉄利用が当たり前だったと思います。
(四日市)
同じく四日市です。
(四日市)
名古屋から中津川に行きました(おそらく集合場所だったのではないかと思います)。その中津川で北恵那鉄道の廃車体を発見しました。
廃止後約7年経っていましたが、割と良い状態でした。調べてみると、北恵那交通の木工製品の乾燥室として使われていたそうです。ただ残念ながら、その後火災により焼失してしまったようです。
右の道は北恵那鉄道の廃線跡ではないでしょうか。
(中津町駅跡)
国鉄明知線の恵那です。同線は4ヶ月後には第3セクター明智鉄道に転換されました。
このキハ52で明知線往復後、恵那で泊まりました。
(恵那)
2日目はあいにく土砂降りの天気でしたが、予定どおり登場間も無いレールバスとパノラマカーを目当てに名鉄に向かいました。
宿を出て、国鉄中央線・太多線で可児へ行き、まずは名鉄新可児からレールバスが活躍する広見線と八百津線を訪問しました。
八百津線ではこの前年に、広見線(新可児〜御嵩)ではこの年に電気運転を廃止し、レールバスに転換していましたが、架線が張られた線路を1両の小さな車両が走る姿に、名鉄ローカル線の状況の厳しさを感じました。
(八百津)
レールバスに乗った後、この3730系で犬山へ向かいました。
(新可児?)
犬山に着き、近代的な名鉄(?)に出合いました。
(犬山)
犬山からは目的の8800系(パノラマDX)に乗りました。指定券をいつ購入したのか覚えていないのですが、進行方向の展望室に乗ることができました。
展望室やセミコンパートメントといった設備を備え、その後のバブルな時代に合ったものだったのかもしれません。ただ、時代に合わなくなったのか、あまりに特殊な仕様だったからか、既に全車廃車になってしまっています。
(犬山)
同じく8800系です。後ろに白い帯が入った7500系が写っています。
(犬山)
犬山から神宮前まで乗車しましたが、その途中の車内からの眺めです。
神宮前到着後解散になり、名古屋から近鉄で四日市まで戻りました。
|