ちょっとむかしの電車のアルバム
H17.8.21UP
 昭和56年3月

 高校を卒業した春休み、友人と2人で九州ワイド周遊券を片手に鉄道に乗りに出かけました。丸3日殆ど乗りっ放しで汽車旅を堪能してきました。
 この頃、関西〜九州の急行は廃止され、また特急に乗ることが出来ないなど、今から思うと周遊券の使い勝手は最も良くなかった時期かもしれませんが、それでも便利な切符があるものだと感激したものです。概ね次のような行程だったと思います。
 1日目 京都−(普通乗り継ぎ)→門司港−(普通「ながさき」・泊)
 2日目 →長崎(長崎電軌に乗って市内観光)−(急行「出島」?)→博多−(普通)→門司港−(急行「日南」・泊)
 3日目 →西鹿児島(市電に乗って繁華街へ)−(「有明」)→熊本(祖父の家へ・泊)
 4日目 熊本−(「有明」・「ひかり」)→京都

 早朝に長崎に着きました。長崎電軌に1日乗車券があるのを見つけ早速購入し、あても無く電車に乗っていたところ、地元の方から「せっかくだから観光しなさい」とアドバイスを受け、グラバー邸や眼鏡橋などに行きました。
 これは、その途中の停留所で写した370形です。S37年製造の長崎電軌オリジナルの車両です。
 
 一通り観光したあと長崎駅に戻り、駅前の停留所で何枚か写真を撮りました。こちらは上の370形に似ていますが、昭和36年製造の360形です。

(長崎駅前)
 
 大阪市電の足回りを流用し、車体を長崎電軌で新製した500系です。

(長崎駅前)
 
 この頃、黒字の路面電車は広島電鉄とこの長崎電軌だけと言われていました。駅前の歩道橋から直接アクセスできる停留所や電車が頻繁にくる光景は、やはり他の路面電車との違いを感じたものです。
 写真は昭和20年代製造の300形です。

(長崎駅前)
 
 長崎電軌は広告電車が多いようですが、この頃から既に多くの広告電車が走っていたようです。

(長崎駅前)
 
 最も見たいと思っていた元東京都電杉並線の700形が来ました。長崎電軌色になっていましたが、スタイルはほぼオリジナルのままでした。欲を言えば上の「361」のエスビーゴールデンカレー色のようになっておれば、都電時代を更に彷彿させるのにと思ったものですが、現在は都電時代の塗装で活躍しています。

(長崎駅前)
 
 長崎線は既に電化されていましたが、電車は特急だけで急行以下は気動車または客車でした。
 長崎駅で見かけたスハフ42です。

(長崎)
 
 この後、博多、北九州、鹿児島と路面電車や私鉄が活躍するところを廻ったのですが、1枚も写真を撮っていなかったのが残念です。

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